ゲーム理論
全組み合わせを買えば勝てるか?:海外ロト買占め事件と、日本の「発券限界」
キャリーオーバーが数億円あるなら、6,096,454通りを全部買えば当せん番号を必ず手にできるのではないか。ロトを楽しむ人なら一度は思い描く空想ですが、海外では実際にやった人がいます。ルーマニア生まれの数学者ステファン・マンデルです。彼の作戦がなぜ成功し、同じ作戦が日本のロト6ではなぜ成り立たないのかを、賞金列の実測から数字で追います。
1992年ヴァージニア:数学者がほぼ全通りを買った日
ステファン・マンデルは1960年代のルーマニアで、組み合わせを圧縮して少ない口数で下位等級を確実に押さえる手法で当せんし、国外へ出たあとオーストラリアで同じ発想を組織化して十数回の当せんを重ねた人物です。彼が目を付けたのは、当せん確率と賞金額の関係が壊れている瞬間でした。組み合わせの総数より賞金が大きく、しかも1口の価格が安いくじです。
1992年2月、米ヴァージニア州のロトは1〜44から6個を選ぶ形式で、組み合わせは C(44,6)=7,059,052通り、1口1ドル。繰り越しで膨らんだ1等は約2,700万ドルに達していました。全通り買っても約706万ドル。1等だけで4倍近く、下位等級を含めればさらに上振れする。マンデルは約2,500人の投資家から資金を集め、あらかじめ全組み合わせを印刷した申込用紙を用意し、州内の小売店に大量に持ち込みました。
販売締め切りまでに全通りを買い切れなかったと報じられていますが、当せんした組み合わせは購入済みの側にありました。1等27,036,142ドル(当時のレートで約34億円)に加え、2等以下の当せん券も大量に手にし、州当局や連邦機関の調査を受けたものの違法行為は認められませんでした。この事件のあと、米国の多くの州で大量購入を制限する規則が整えられます。
マンデルが利用したのは運ではなく、「賞金が組み合わせの総数×価格を上回り、かつ買い切る手段がある」という、くじの設計の穴でした。日本のロト6で同じ穴を探すと、三つの壁に順番に当たります。
出典・データ:宝くじ公式:ロト6のルールと当せん確率
第1の壁:原資と上限の数理
全通り買いの費用 = 6,096,454口 × 200円 = 1,219,290,800円(約12.2億円)
ロト6の1等は、繰り越しがどれだけ積み上がっても1口あたり最高6億円で頭打ちです。繰り越しなしの回では2億円を超えた1等が2,129回中0回、ちょうど6億円で止まった回が65回あり、賞金列そのものが上限の存在を証明しています。つまり全通りを買って1等を独り占めしても、1等から戻るのは最大6億円。費用12.2億円に対し、この時点で6億円以上の不足が確定します。
マンデルの作戦との決定的な違いはここです。ヴァージニアには1口の上限がなく、繰り越しはそのまま1等に乗りました。日本では超過分が次回へ送られ、買占め側には届きません。上限は「大きく当てる自由」を制限する制度ですが、同時に「買占めで確実に取る自由」を封じる制度でもあります。
下位等級を全部足しても届かない
全通り買えば、2等6口、3等216口、4等9,990口、5等155,400口の当せん券を必ず持ちます。5等は原則1,000円の固定額なので、155,400口×1,000円=約1.55億円は確実です。しかし2等〜4等は原資を口数で分ける山分けで、自分の口数は他の購入者の口数と並びます。各等級で他の購入者が持つ当せん口数の中央値を並べると、自分の取り分の割合が見えます。
| 等級 | 自分の当せん口 | 他の購入者の当せん口(中央値) | 自分の取り分 |
|---|---|---|---|
| 2等 | 6口 | 8口 | 43% |
| 3等 | 216口 | 309口 | 41% |
| 4等 | 9,990口 | 14,542口 | 41% |
| 5等(固定額) | 155,400口 | 222,023口 | 1口1,000円で確定 |
どの等級でも自分の取り分は約41%で揃います。これは偶然ではなく、他の購入者が合計でおよそ全通りの1.4倍、約880万口を買っているという意味です。2等〜5等の払戻総額は回ごとに「賞金×口数」の合計として観測でき、直近200回の平均で約4.3億円、全期間の中央値で約5.5億円、最大でも約38.2億円です。
自分の12.2億円の投入は売上を増やし、原資も増やします。ただし当せん金付証票法により当せん金の総額は発売額の5割以下なので、自分の投入から原資に回るのは最大でも約6.1億円。それが全額下位等級に回り、自分の取り分が41%だとしても約2.5億円。既存の下位原資約4.3億円の41%を足しても約4.3億円です。1等の6億円と合わせて約10億円強。費用12.2億円に対し、最良に近い仮定でも約2億円の不足が残ります。
出典・データ:宝くじ公式:ロト6のルールと当せん確率 / e-Gov:当せん金付証票法(当せん金の総額の上限) / 集計方法とデータの範囲
第2の壁:山分けの確率は71%
上の計算は「1等を独り占めできる」前提でした。実際には、他の購入者が同じ回に1等の組み合わせを持っている確率が問題になります。ロト6の2,129回で1等が0口だった回は28.5%。裏を返せば、71.5%の回で、誰かが1等の組み合わせを持っていました。全通り買いをした自分が「唯一の1等」でいられる確率は、約28%しかありません。
| 他の購入者の1等口数 | 回数 | 割合 |
|---|---|---|
| 0口 | 606 | 28.5% |
| 1口 | 588 | 27.6% |
| 2口 | 411 | 19.3% |
| 3口以上 | 524 | 24.6% |
1等の原資が12億円以上あれば、2口とも上限の6億円を受け取れるので山分けは効きません。しかし原資が6億円と12億円の間にあるとき、たとえば8億円なら、独り占めで6億円、1口の相乗りで4億円、2口なら2.67億円と、自分の取り分は急減します。上限が邪魔をするのは独り占めのときで、山分けが邪魔をするのは中途半端な繰越額のときです。二つの仕組みが組み合わさって、買占めの計算を成り立たなくしています。
マンデルの場合、1等約2,700万ドルに対し費用約706万ドルでしたから、もう1人当せん者がいて半分になっても約1,350万ドルで、なお利益が出る設計でした。日本のロト6では、1等の上限6億円が費用12.2億円の半分にも届かないので、山分けを考える前に計算の結論が出ています。過去2,129回で最も繰越額が大きかった回でも約18.8億円で、上限の壁は一度も動いていません。
出典・データ:宝くじ公式:ロト6のルールと当せん確率 / 集計方法とデータの範囲
第3の壁:発券の物理限界
仮に数理の壁を無視して、12.2億円を用意した人がいたとします。次に当たるのは、610万口を実際に発券できるかという工学の問題です。ロト6の申込カードは1枚に5口までなので、全通りには約122万枚のカードが必要です。1枚に6個×5組の数字を手で塗る作業を1分と見積もっても、延べ約2万時間。1,000人を集めても1人20時間です。
| 項目 | 値 | 前提 |
|---|---|---|
| 申込カードの枚数 | 約122万枚 | 1枚5口 |
| カードを塗る作業 | 延べ約2万時間 | 1枚1分 |
| 券の総延長 | 約120〜180 km | 1枚10〜15 cm |
| 端末の占有時間 | 延べ約1,700時間 | 1枚の処理を5秒 |
| 占有し続ける端末の台数 | 約50台 | 販売期間の実働を約35時間 |
端末の処理を1枚5秒とすると、122万枚で延べ約1,700時間。ロト6の販売期間は前回の抽せん後から当日の締め切りまで実質3〜4日で、売り場の営業時間を差し引いた実働を約35時間と見ると、約50台の端末を販売期間中ずっと、他の客を一切入れずに占有し続ける必要があります。窓口は1枚ずつカードを読み取る設計であり、外部のプログラムから直接発券する経路は用意されていません。
インターネットや銀行ATMでの購入には、1回・1日あたりの口数や金額の上限が設けられており、自動化ツールでの購入は各サービスの規約で認められていないのが通例です。当せん金付証票法そのものは買占めを直接禁じてはいません。壁になっているのは法律ではなく、受託銀行が運用する販売システムの構造と利用規約、そして5口ごとにカードを1枚読み取るという物理的な発券方式です。マンデルが利用した「自前で印刷した申込用紙を大量に持ち込む」経路は、日本の売り場では最初から存在しません。
出典・データ:宝くじ公式:ロト6のルールと当せん確率 / 宝くじ公式:数字選択式宝くじの抽せん方式
ルールを突く人間と、それを封じる制度
マンデルの事件は、くじが「確率のゲーム」であると同時に「制度設計のゲーム」であることを示しました。彼は乱数を読んだのではなく、賞金と組み合わせ数と価格の関係、そして発券の経路という制度の側を読みました。制度が穴を放置していたから成功し、穴が塞がれたから二度と起きていません。
日本のロト6は、その穴を三重に塞いでいます。第一に、1口6億円の上限が「繰り越しが大きいほど買占めが有利」という関係を断ち切ります。第二に、71%の回で他の購入者が1等を持っている山分け構造が、上限の下でも取り分を削ります。第三に、5口1枚のカード方式と購入上限が、610万口を集める経路そのものを閉じます。原資の数理、山分けの確率、発券の仕組みのどれか一つだけでも買占めは成り立たず、日本のロト6には三つ全部が揃っています。
この話のおもしろさは、結論が感情や倫理ではなく数で決まるところです。買占めの是非は、費用12.2億円・上限6億円・下位取り分41%・独り占め確率28%という四つの数で説明できます。上限6億円は、買占めを封じる仕組みであると同時に、1口で届く1等賞金の最大額でもあります。
海外の伝説は、制度の穴を読んだ数学者の話です。日本のロト6では、6億円の上限と、71%の回で1等を持つほかの購入者の存在が、その穴を塞いでいます。
出典・データ:宝くじ公式:ロト6のルールと当せん確率
